陸軍墓地参拝記録
千鳥ヶ淵戦歿者墓苑
所在地
 東京都千代田区三番町2
概要
 千鳥ヶ淵戦歿者墓苑は、先の大戦において海外で亡くなられた戦歿者の御遺骨を納めるため、昭和34年、国により建設された「無名戦没者の墓」です。
 ここに納められている御遺骨は、昭和28年以降政府派遣団が収集したもの及び戦後海外から帰還した部隊や個人により持ち帰られたもので、軍人軍属のみならず、海外において犠牲となられた一般邦人も含まれており、いずれも遺族に引き渡すことのできないものです。

 当墓苑は千鳥ヶ淵の最も南の端に位置しています。千鳥ヶ淵は江戸時代、幕府火除け明地を兼ねた、薬草園となっていました。明治維新から明治9年までは東京大学の前身、開成学校の物産地、つまり薬用植物園として一般の人も入れるところでしたが、明治10年代からは、賀陽宮邸など宮家の御屋敷や、宮内大臣官邸などの敷地になりました。
 昭和20年、アメリカ軍の空襲により、大臣官邸も宮家の御屋敷も焼失してしまい、その後、暫くは、全くの焼け野原となっていました。その後、厚生省によって、ここに千鳥ヶ淵戦歿者墓苑が建築されました。
 当墓苑の敷地は約5000坪。常緑樹を主とし、そこに欅など落葉樹を混えるといった戦歿者墓苑に相応しい厳かさ、静けさを保つ工夫がなされました。創建当時、細く低かった樹木は大きく成長し、特に、楠、欅など鬱蒼と生い茂り、この墓苑の厳かさを一層感じさせてくれます。

「納骨室について」
 御遺骨は、六角堂の中央におかれた陶棺の下の地下納骨室及び平成3年3月及び平成12年3月に増設された六角堂奥正面の地下納骨室に安置されております。

「陶棺について」
 陶棺は、形式をわが国古代豪族の棺に模したもので、主要戦域から収集した小石を材料とし、1700度の高熱で処理した、重量5トンの世界最大級の陶製品です。この中に、昭和天皇御下賜の金銅製茶壺型の納骨壺があり、戦歿者を代表する御遺骨が納められています。
(栞、墓苑内説明板より)
ホームページ   千鳥ヶ淵戦歿者墓苑
【墓苑の施設等】
 【御朱印】 【六角堂】 【栞】
【墓苑標:正面入口】 【案内板:正面入口】 【墓苑全般図【
【前屋から墓苑内】 【戦歿者数一覧図:前屋入口の説明板】】 【手水鉢】
【納骨室:陶棺】 【六角堂から前屋方向】
【増設納骨室:六角堂奥】 【六角堂方向】
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【御製の碑】
【左】
 くにのため いのちささげし ひとびとの
   ことをおもへば むねせまりくる

(この碑は墓苑創建の年の秋、昭和天皇陛下から下賜された御製を秩父宮妃殿下が謹書され、昭和35年3月28日に竣工されたものです。)

【右】
 戦なき世を 歩みきて思い出づ 
   かの難き日を 生きる人々

(この碑は終戦60周年を迎えるにあたり、新春「歌会始の儀」で詠まれた今上陛下の御製を、常陸宮妃殿下が謹書され、平成17年9月27日竣工したものです。
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【前屋内の展示の一部】
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【管理棟・参拝者休憩室】 【立体壁画:戦歿者とその母】
*制作寄贈者 江崎まゆみ(福岡市)

*製作者の意図
 桜花満開の季節に戦死した息子を慕って参拝する老婆の後姿を見て感動し「戦歿者とその母」の気持ちの表現を意図した作品で、創建20周年にあたり寄贈された。
【休憩室内の展示物】
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【平和祈念碑 ・ 追悼慰霊碑】
*「引揚に伴う死没者の永遠の平和祈念碑」(左側)
 昭和20年8月、今次大戦が終結し、終戦の大混乱の中、生活のすべてを失い、苦難の末祖国に引揚げて来られた方々は約320万人も及んだ。しかし、終戦の失意と疲労困憊の極限状態にあった引揚者にとって祖国の道のりは遥かに険しいものであり、引揚げの途中、20万人余りが犠牲となった。これらの引揚者の過酷な体験を記憶し、後世に伝えるとともに、犠牲となった方々へ深い哀悼の意を表し、恒久の平和を祈念して、この碑を建立する。

*「強制抑留者の尊い命を失われた方々の追悼慰霊碑」(右側)
 昭和20年8月、今次大戦が終結し、武装解除後にもかかわらず、旧ソ連は約57万5千人もの軍人軍属及び民間人をシベリアや中央アジアなどに長期にわたり強制抑留し、鉄道敷設や森林伐採などの過酷な強制労働に従事させた。栄養失調や極寒の劣悪な作業環境下で約5万5千人が犠牲になった。この悲惨な事実を風化させずに、後世に伝えるとともに犠牲となられた方々へ深い哀悼の意を表し、恒久の平和を祈念して、この碑を建立する。

* 平成22年8月 建立 独立行政法人 平和祈念事業特別基金
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【千鳥ヶ淵戦歿者墓苑の森林】
*千鳥ヶ淵戦歿者墓苑の森林は、近代造園学の父と呼ばれた田村剛博士の設計んいより、都心における洗心・安息を旨とした単純・質素を理念とし、昭和34年に新たに造営されたものです。
 当時は、約5,000坪の敷地に、シイやカヤキなどの高木13種、ツバキなどの灌木11種の合計1,800本が植えられましたが、その後の寄進や植樹、実生による自然繁殖などにより、現在では約4,000本に達しています。
 植樹後約半世紀を経ることで、主に武蔵野の樹木を用いた植栽当初の樹木も大きく育ち、常緑樹を中心とした静寂、荘厳な森を形成しています。なかには、幹周りが二人がかりで手がつながるほどに大きくなった樹木(幹周250cm前後)も数多くみられます。
軍人墓地
   
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