慰霊碑参拝記録
 岐阜県
戦没者追悼碑(善光寺)
建立場所
 岐阜県市高山市天満町4-3 善光寺(信州善光寺飛騨別院)

趣旨(英霊)
 第二次世界大戦で亡くなった方々を軍民国籍を問わず追悼
 太平洋の島々で殉難者の遺骨収集中に亡くなった当山・信潤上人の顕彰

碑文
「碑正面」
 テニアン高校顕彰碑曰く
  はるかなる処 うつくしき島あり
  戦友を祖国につれ還らんと生涯を捧げたる気高き人がいた
 善光寺飛騨別院第三世 東林寺第三十八世 實譽信潤上人
 南方にて戦没者遺骨収集中に往生 

* 平成21年、世界覚国から当山を訪れた拝観者の浄財で建立。
* 境内入口の案内板にも「戦没者追悼碑」を明記し概要説明有り。
*案内板(下段に英語版)
 第二次世界大戦において日本軍・連合軍を問わず、多くの無名戦士と民間人が亡くなられました。
 戦地となった太平洋の国々でも、国を思い、故郷を思い、家族を思い、そして大切な人を思いながら散華された英霊が多数おられました。
 その気高い精神を尊び、慈しみ、世界平和を祈念するために この碑は建立されました。
 この碑は、日本はもとより世界各国から当山を訪れた方々方々から頂いた浄財によって建立されました。 合掌
   善光寺飛騨別院第四世 行譽博道

*善光寺飛騨別院のホームページ
 先の第2次世界大戦では太平洋の戦いにおいて軍民国籍を問わず多くの犠牲者が出ました。
 第三世、信潤上人は自身も海軍航空兵として戦争体験があり、多くの仲間を戦地にて失いました。信潤上人は戦地であった太平洋の島々に未だ回収されない遺骨が多数存在するのを知り、第四世、博道上人と共に何度も現地を訪れ慰霊を行い多数の遺骨を回収し祖国に連れ帰りました。
 そのご遺骨は世界平和を祈念する碑の下に安置され安らかに眠っておられます。
 遺骨収集に尽力された信潤上人は北マリアナのテニアン島にて遺骨収集の作業中に遷化(せんげ:亡くなられる)されました。
 戦没者追悼碑は信潤上人の顕彰碑も兼ねています。
 信潤上人が遷化されたテニアン島ではテニアン中学・高校の校庭に信潤上人の顕彰碑が建てられ、現在も地元の生徒・先生によって守られております。
 *慰霊碑等参拝の旅を実施いていますが、これだけ明確に碑の存在、趣旨説明(しかも英語もあり)をしている碑(社寺)に初めてであった!感動!
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