指定護國神社参一覧表・参拝記録 
飛騨護國神社  
  鎮座地
 岐阜県高山市堀端町90 高山城三の丸跡

御祭神
 飛騨国(高山市・飛騨市・下呂市・白川村)のご英霊6525柱
 ・西南の役:7柱 ・日清戦役:44柱 ・日露戦役:581柱
 ・満州事変:20柱 ・大東亜戦争:5504柱 ・開拓義勇軍:353柱
 ・その他:16柱

御由緒(沿革):
*祖霊者時代
 ・明治11年9月西南の役戦没者招魂祭斎行
 ・日露戦争終結後、遺族・在郷軍人中心に「招魂社」設立要望
*招魂社時代
 ・明治42年6月飛騨招魂社設立許可
*飛騨護国神社時代
 ・昭和14年4月「飛騨護国神社」に改称、本殿造営
*飛騨神社時代
 ・戦後、占領軍指示のため、「飛騨神社」に改称
*現在
 ・平和条約締結後、名称「飛騨護国神社」に復称
「特異事項」
* 神社の場所はもと忠孝苑と称し、高山城跡の三の丸にあたる。

* 本殿左側の建造物は、旧地名を復活し忠考苑合葬殿と言い、殿内には飛騨大神宮(衣食の神様)、黄金神社(金の神様)、祖霊殿(郷土に尽力された方々)の三社が鎮座。 更にその左側には久和司神社(お菓子の神様)、飛騨匠神社(大工の祖神)がある。

*明治後期から終戦まで、当社を中心として城山公園一帯を「忠孝苑」と称しました。「忠」とは「主を大切にすること」「孝」とは「親を大切にすること」です。
 伊勢の大神宮様を中心として忠孝の神々をお祀りする場所がこの忠孝苑だったのです。
 ホームページ :   飛騨護国神社  
 他の護国神社に比べて、特殊な由緒のように思う。岐阜県に三社の護国神社が存在することからやや複雑な経緯がある。
 その経緯は、飛騨護国神社のホームページを見るとわかる。
 境内施設
 【扁額】
 【御朱印】
【正面入り口】

雰囲気が良い:観光客が写真を撮っていた
 【西参道】

市内から来るとここに出る
 【忠孝苑合祭殿・本殿】
【社号標・神門】
【飛騨匠神社】
【久和司神社】
慰霊碑等
 【軍馬忠魂碑】
   *発起人
  高山牛馬商組合
  高山馬力組合
  村坂永四郎
【警友慰霊碑】
   「碑文」 警友慰霊碑建立の経緯
 この警友慰霊碑は飛騨地区在住の下警察官で物故された方および現職警察官で殉職あるいは死亡した方の業績をたたえ その霊を慰めるため 岐阜県警友会飛騨地区五支部で建立したものであり、その基礎は明治19年八月防疫のため殉職された岐阜県巡査石原要平氏の殉職碑のもので今回の改建にあたり警友慰霊としてここに合祀したものである。
 昭和四十八年三月 建立

* 岐阜県知事 平野
護国神社
   
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