指定外護國神社一覧・参拝記録
信濃招魂社:長野県長野市
  鎮座地
 長野県長野市上松滝2-4-8 城山公園内

御祭神
 戊辰の役以降各戦役における戦没者等の県人の御霊

御由緒(沿革):「御社殿造営記念碑」碑文
 信濃招魂社の創建は、明治13年県下各地の知名人24名によって発起され、明治35年長野市城山記念公園の一画に社殿が造営され戊辰の役を始め各役に於ける戦歿者並びに国家公共のため身命を捧げられた県人の「みたま」を祀る。
昭和18年長野市区長会が中心となり、市民篤志者の協力を得、現在の聖域に、本殿を遷座す。
 また現在の社殿は、昭和45年社有地の一部公共用に提供の代償たる補償金を得、これを主なる財源として、昭和46年5月4日起工し同年10月12日上棟の運びとなり、昭和47年5月27日竣工す。

*社号標は、本殿前と鳥居脇の2基存在

信濃招魂社〜公共事業の補償金で整備 (週刊長野)
 (何となく中途半端な護国神社の一面を知ることが出来る)
【本殿内】
【社号標:鳥居から】
 
【招魂】 
  「碑文」在天の英霊に捧ぐ
 限りなき蒼壁の涯に夢を追いし少年の日、国家興亡の命運を知り、率先、空への道を拓く。選ばれては陸軍航空の重責を担い、武窓に入りては、操縦通信整備の特技を修む。出でては異境千里、�征旅倥偬の日を過ごす。省みては特別攻撃隊員として玉砕、或は空戦に爆襲火戦に斃れ遺恨病魔に逝く。魂気いまも勇雲の彼方に在す。嗚呼、悲しい哉。
 戦争目的の正邪帰趨を問はず、純真な愛国の至情を抱き従順に祖国と民族の為に散華せし兄等よ、安らかに眠れ。
 ああ、星霜は往く 勇魂妖魔を拂い、この平和を永遠に護り継て 幽勝揺籃の山河いまも明媚たり。この信濃の地に 兄等の芳名と武勲とを子孫に留め、鎮魂の詞を捧ぐ
 魂魄心あらば来りて 我等が意趣を饗けよ
  昭和47年5月15日 沖縄復興の日
   元陸軍少年飛行兵第十五期生・笹部 武安 撰文
       同              丸山 重雄 謹書
          長野県少飛会 建立
 
 【芳名碑】
 副碑
*3期から19期の御芳名刻印

 昭和62年5月15日 沖縄復帰15周年記念
  長野県出身元陸軍少年飛行兵有志 建立
護國神社
  

   

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