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鶴岡護國神社 : 山形県鶴岡市 | ||||
鎮座地 山形県鶴岡市馬場町4番1号 鶴ヶ岡城址 (荘内神社隣) 御祭神 * 戊辰・西南の戦役 日清・日露の戦役 満州事変~大東亜戦争 護國の英霊4930柱を奉斎 (拝殿前案内板) 御由緒(沿革) *(拝殿前案内板) 当神社は、旧藩主酒井忠篤公の御発信により明治28年10月明治維新以来、国難に殉じた人々の霊を祀るため創立される。 拝殿には、特に十代藩主忠器公の御霊廟が下賜され鶴岡招魂社と称し昭和5年までは酒井家を中心に維持され、以後同20年までは鶴岡市民全般の崇敬により慰霊祭を厳修されてきた。 同14年、招魂社制度の改革により鶴岡護國神社と改称する。 同年、指定神社となり神饌幣帛料が供進された。 同20年、未曾有の敗戦の後、占領政策(神道指令)により公的機関との関係を一切断たれ維持運営が危ぶまれたが、御祭神と由縁のある遺族会を始め戦友会の人々の赤誠あふれる真心により、護持され英霊に対する報恩感謝の念が表されている。 平成6年4月24日 鶴岡護國神社 宮司 石原純一 *(ホームページ、荘内神社案内板) 明治28年、戊辰の役・西南の役に殉じた藩士の霊をお祀りするため、酒井家13代藩主酒井忠篤(ただずみ)公が鶴ヶ岡城御金蔵址に創建しました。 その後も、国の存亡をかけた諸外国との戦い(日清・日露・第一次世界大戦・昭和の未曾有の大東亜戦争)で、国家のために殉じた方々を英霊としてお祀りしております。 拝殿は酒井家十代藩主忠器公の御霊廟で江戸時代の貴重な霊廟建築である。 |
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【御朱印】 |
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慰霊碑 | ||||
【忠魂碑】 |
為日清日露戦役殉難者 大正10年4月 鶴岡尚武会建立 |
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