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秋田県秋田市 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
満蒙開拓青少年義勇軍慰霊碑 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
建立場所 秋田県秋田市寺内大畑5-3 秋田県護国神社 趣旨(英霊) 秋田県出身、満蒙開拓青少年義勇軍戦没者の慰霊顕彰 同 義勇軍隊員の顕彰 碑文 ぼくは満州へ行きます ぼくは大陸の土となります かって国策の名のもとに の柄肩に海を渡っていった 私達少年です その数八万六千五百三十名 私達はひたすら五族協和王道楽土建設にその青春を燃やした 敗戦・・・ 戦争という極限の中で 私達仲間の多くが 大陸の土と化した 十三年の歳月が流れた 彼等の前には一枝の花もない 私達の名は 満蒙開拓青少年義勇軍 (秋田県知事 小畑勇二郎書) 昭和53年8月15日 建立 (裏面) 実際は縦書きの一覧であるが、表にした。
副碑:「鎮魂歌」 1 秋田の郷を あとにして 五族協和の 国作り 鍬の戦士の 千五百 我ら満蒙 義勇軍 2 広漠千里 満州の 花の広野 肥沃にて 男の子勇みて 犁をとる 我ら青年 義勇隊 3 運命は哀し 大戦に 祖国敗れて 犠牲の 満州の国原 風寒く 四百の霊の 還らざる 4 国破るれど 山河あり 護国の岡の もの碑 北の国にも 春が来て 桜花は薫る 春爛漫 碑前祭 例祭 五月第一日曜 昭和六十二年建碑十周年記念 「歌碑:われらは若き義勇軍」 一 われらは若き 義勇軍 祖国のためぞ 鍬とりて 万里涯なき 野に立たむ いま開拓の 意気高し 今開拓の 意気高し 二 われらは若き 義勇軍 祖先の気魄 享けつぎて 勇躍風に さきがけむ 打ち振る腕に 響きあり 打ち振る腕に響きあり【側面】 |
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【副碑】 |
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